稀勢の里と田子の浦親方との確執!原因は故・鳴門親方夫人にあった?

どうも
噂大好きオヤジです。

昨日から始まった大相撲の
大阪場所ですが新横綱
稀勢の里関が初日白星。

だいたい新横綱の初日って
負けることが多いのですが
実に落ち着いた取り組みで
勝ち星。

いきなり懸賞金35本を
手にしました。

何かと注目を集める新横綱の
稀勢の里ですが
グッズの売れ行きも絶好調で
品切れ続出とか・・・。

ちなみに こちら
手に入らないそうです。

今日の話は登場人物が多くて
ややこしいです。

なぜなら力士は引退すると
親方になりますよね?

ですけど一代年寄で無い限りは
名称は変わっていきます。

つまり今の親方も居れば
先代の親方も居る。

ここが ややこしいんです!

話に入る前に登場人物の
整理を先にしておきますね。

登場人物としては

隆の鶴(部屋付き西岩親方→現・田子の浦親方)

若の里(現・西岩親方)

隆の里(故・鳴門親方)
隆の里の夫人が典子さん

久島海(故・田子の浦親方)

琴欧州(鳴門親方)

・・・この人達が出てきますので
迷ったら ここに戻って下さい(笑)




稀勢の里と田子の浦親方との確執は何が原因?

稀勢の里が横綱昇進を決めた時
ぐらいから田子の浦親方との
「確執」が噂されてきました。

まぁ 僕もそんなに気にしないで
居たのですが今回調べてみて
ビックリ!です。

そりゃぁ これは揉めますわね。

稀勢の里って 御存知の通りで
真直ぐな人です。

だからこそ人気もあるわけで。

・・・と言うことは田子の浦親方は
真直ぐでない?

まぁ色々な要因が有るので順番に
書いていきます。

そもそもの発端は本来
稀勢の里の師匠である鳴門親方
(元横綱・隆の里)が死去されたこと。

ここから全てが始まります。

2011年の11月7日
鳴門親方は59歳の若さで急死

この鳴門親方の死去により
突然 部屋付き親方の西岩親方
(元・隆の鶴。現在の田子の浦親方)
後継者に。

相撲界には良くも悪くも
「しきたり」が有って
「親方=師匠」が居ない部屋の
力士は何と土俵に上がれないんです。

鳴門親方の部屋には稀勢の里
他にも高安若の里(現・西岩親方)
所属していました。

力士17人
行司・呼び出し・床山を
入れると20名を超す大所帯の部屋。

この部屋の力士が土俵に
上がれなくなれば大変なことに
なります。

世間の予想としては
三役経験通算26場所の
若の里が後継者として
目されていました。

ところが。

若の里が現役続行を表明

そして稀勢の里は大事な
大関獲りが懸かった場所

若の里が拒否した以上は
他の誰かを親方に据えないと
力士は廃業しなければ
ならなくなる事態に陥ります。

最終的には鳴門親方(元・隆の里)
夫人である典子夫人の意向を
受ける形で隆の鶴
(現・田子の浦親方)が
部屋を継承することに。

まぁ ここまでは良かったんです。

この場所で大関とりの懸かった
稀勢の里は10勝5敗と昇進の
目安とされる11勝には
届きませんでした。

しかしながら
「親方の急死の試練を
乗り越えた」ことも加味されて
大関に昇進しましたから。

ところが問題は ここからです。




鳴門親方典子夫人の計算が実に「したたか」

一応決着をしたかに見えた
部屋の騒動・・・。

しかしながら事態は思わぬ
方向に動きます。

元・隆の鶴(現・田子の浦親方)が
名乗っていた「西岩」は実は
若の里からの借りた株だったのです。

なんか ややこしいですね?

ですから隆の鶴
(現・田子の浦親方)としては
元々の株の保有者である
若の里が部屋を継承したほうが
良いのでは?と一旦は
部屋の継承は辞退します。

つまり隆の鶴としては
一時的に部屋を継いだのは
部屋自体が廃業してしまう為で
一時的な措置だったと。

ですけど若の里の希望よりも
優先されたのが実は鳴門親方の
典子夫人の意向だったんです。

典子夫人は若の里ではなく
隆の鶴を支持。

これには典子夫人の恐るべき
策略が・・・。

実は若の里が保有していた株は
あくまでも鳴門親方の株で
現実は株の名義は鳴門親方が
死去したことに伴い典子夫人に
所有権が移ります。

ですから実質の株保有者は
典子夫人。

ですから相撲協会から入金される
土俵維持費
力士養成費などの費用は
典子夫人の口座へ。

隆の鶴に入るのは
協会からの給料のみ。

いずれは稀勢の里が引退して
部屋を興すのは確実ですが
典子夫人としては
そこまでは自分の懐を
潤したい・・・のが本音。

ですけど。

若の里と言う力士は頑固で
そういう「筋の通らないこと」は
大嫌いな力士なんです。

まぁ これが普通だと
想いますけどね^^

典子夫人からすると
要するに若の里が後継すると
何かと都合が悪いわけですよ。

ですから若の里ではなくて従順な
隆の鶴(現・田子の浦親方)を
後継者に指名したと。

しかしながら部屋を後継するには
当然ながら典子夫人から株を
買い取らないといけないです。

ここで典子夫人と隆の鶴が
決裂・・・。

これは典子夫人にとっては
予想外だったでしょうね。

買い取ってくれると考えて居た
隆の鶴が買い取ってくれなかった
のですから。

ただ これは典子夫人の提示する
金額が 高すぎたという報道が
あります。

もちろん典子夫人も困ったでしょうが
隆の鶴も困りますよね。

他の力士も廃業の危機に
なってしまいますから。

そこに飛び込んできたのが
前年に急死された久島海
保有していた株なんです。

この久島海が保有していた株が
実は「田子の浦」なんですよね。

ホンマに ややこしいですね。

もう少し お付き合い下さい^^




「鳴門」を捨て「田子の浦」を継承へ

もちろん久島海が保有していた
田子の浦の株も買い取る必要が
あります。

ですけど今回は手の届く範囲。

そこで隆の鶴は部屋の力士と
相談します。

もちろん力士の中には
「鳴門親方」にスカウトされた
力士ばかりですから反対意見も。

ただ稀勢の里若の里
現役を続けるのが一番なので
隆の鶴が田子の浦の株を
買い取ることに賛成します。

これで ようやく部屋の継承は
決まりました。

ただし この部屋の継承の件は
当然のごとく典子夫人には
内緒で行われていました。

2013年12月26日に突然
「田子の浦」への名称変更を
隆の鶴が記者会見で発表。
(この時点で ようやく田子の浦
親方・・・になります)

同時に部屋の引っ越しも敢行。

何も聞いていなかった
典子夫人は大激怒。

まぁ自業自得の面も
あると思いますがね。

典子夫人によると
一言の挨拶もなく
どこに移転したかも
全て報道で知ったと。

典子夫人の手元には
鳴門株が残ってますが
実は後継者を指名できるのは
「3年間の内で」と決められて
いるのです。

その3年間をゴタゴタの内に
過ぎてしまってたんですよね。

ですから「相場」よりも
買いたたかれる?ように
琴欧州に売却されることに
なってしまいます。

田子の浦部屋は正式に
2015年12月14日にスタート。

でも 当然そこには
典子夫人の祝福のコメントは
当然のごとくなかったのです。

・・・とまぁ ここまで
調べて僕も唖然としたのですが
相撲界ってややこし過ぎます^^

ちょっと人間関係を
復習しておくと

隆の鶴(部屋付き西岩親方→現・田子の浦親方)

若の里(現・西岩親方)

隆の里(故・鳴門親方)
隆の里の夫人が典子さん

久島海(故・田子の浦親方)

琴欧州(現・鳴門親方)

・・・になります。

では なぜ稀勢の里田子の浦親方
不仲?と言われるのか?
ちなみに下の写真右が確執を噂される
田子の浦親方で左の綺麗な女性は
田子の浦親方の夫人です。

稀勢の里は独身です!!!

この話の続きは また次回になります!!!

今日も最後まで お読み頂きまして
有難うございました

では また次回です!!!

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