京唄子死去(渡る世間は鬼ばかり出演)鳳啓助と離婚後は弟と結婚

どうも
噂大好きオヤジです。

悲しいニュースが飛び込んで
きましたね。

漫才師・女優で大活躍された
京唄子さんが亡くなられました。

京唄子さんは89歳でしたから
僕くらいの中年の年代でも
あまり知らないくらいです。

おそらく京唄子さんを
御存知なのは60歳以上の方が
多いかと・・・。

この京唄子さんの
人生は壮絶でした。

早速お届けします。


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舞台女優から漫才の道へ

京唄子さんは元々は
舞台女優さんなんですね。

1945年に「なでしこ劇団」入団。

京町唄子の名前で舞台女優になります。
しかしながら その後は一座を転々と。

この時に俳優の浪花五郎と結婚します。
しかし夫婦生活はすれ違いが多く
5年で離婚・・・。

1956年に鳳啓助とのコンビ
「唄子・啓助」を結成して漫才をスタート

これで京唄子さんは有名に
なりました。

当時は「男女の漫才」は
珍しかったんです。

女性が「お笑い」をすること
自体が少なかったですからね。

京唄子さんは相方でもある
鳳啓介さんと結婚しますが
鳳啓介さんの度重なる女性問題
などで1965年に2度目の離婚

しかし鳳啓介さんとの
漫才コンビは解消せずに
継続し大人気を誇りました


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鳳啓介の「弟」と結婚!!!

そして京唄子さんの
私生活で一番驚いたのは
3回目の結婚で鳳啓介さんの
「本当の弟」と結婚したこと!

これには世間もビックリで
当時ワイドショーでも
かなりの話題になりました。

まぁ珍しいですよね。

元旦那の「弟」と結婚って?

僕は聞いたことありません。。。

そして今の旦那さんとは
実に4回目の結婚になります。

そういう意味では古いしきたりにも
こだわらずに自由奔放に生きられた
恋多き女性とも言えますね。


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所属事務所倒産!波乱万丈の人生

1970年には唄啓劇団を旗揚げして
1980年代前半には吉本興業と提携

しかし1987年に所属事務所倒産

やむなく京唄子劇団を設立します

そして京唄子さんの代表作とも
言える作品が1993年からの

『渡る世間は鬼ばかり』です。

岡倉家の五女・長子の姑である
本間(神林)常子役として好演。

岡倉家は医者でしたが
後とり息子である栄作(植草克秀)と
その妻である長子(藤田朋子)の間で
見事な嫌われ役の姑役を演じました。

この頃から実は体が悪いのでは
・・・と言われていましたが。

京唄子さんはボランティアにも
積極的で特に刑務所への
慰問活動をライフワークと
自分では言われていました。

また熱狂的な相撲ファンでもあり
観戦する様子がテレビに映って
いたことも数知れず・・・。

また上沼恵美子さんとは親交が深く
上沼恵美子さんの司会番組にも
よく出演されていましたね。

2009年4月28日には車椅子姿で
記者会見を開き

松竹座公演降板と
腰椎圧迫骨折及び腰椎変性すべり症の
治療のため一切の芸能活動の休止を発表

精神面でのショックも大きく
胃に複数の潰瘍も患っていることも公表

「何としてでも直して、また舞台へ立ちたい」と
涙ながらに語っていたのが印象的でした。

約1年半の病気治療及びリハビリを経て、
2010年10月14日放送のドラマ
「渡る世間は鬼ばかり」で復帰を果たしました。

しかし闘病が続き今日永眠されました。

数々の伝説を残された京唄子さん。
享年89歳の人生に幕を閉じられました。

ご冥福を お祈りします。

今日も 最後まで
お読み頂きまして有難う
ございました。

では また次回!!!です。

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