【田端良基(たばたよしき)元大阪桐蔭4番】現在は年商1億円の実業家!弟の甲子園出場で再起

田端良基(元大阪桐蔭4番・藤浪と同期)現在は年商1億円の実業家!弟の甲子園出場で野球界に復活

12月2日放送「消えた天才」の第2の人生を追跡するTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後7・00)では「大谷翔平に勝った同世代の天才たちは今」と題して大谷翔平投手(エンゼルス)を倒した天才を追跡します。大谷翔平から甲子園でただ一人、本塁打を放ったのが現阪神の藤浪投手の同期である田端良基さんです

当然、田端良基さんは大阪桐蔭でも4番を打っていた実力ですから、その後はプロ入り・・・という選手でしたがドラフトでの指名はなし・・・

しかも、その後に進学した亜細亜大学野球部も数日で退部・・・して暫くは野球界から離れます。そんな田端良基さんですが今では創部10年目の新興・社会人野球クラブに所属して仕事も年商1億円を超える・・・実業家でもあります

一体 大阪桐蔭元4番の田端良基さんに高校卒業後に何があったのか?

早速 見ていきましょう!!!


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「消えた天才」大阪桐蔭元4番の田端良基

明日2日放送の「消えた天才」の第2の人生を追跡するTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」では「大谷翔平に勝った同世代の天才たちは今」と題して、大谷翔平投手を倒した天才たちを大追跡します。大リーグでも二刀流で新人王に輝いた大谷翔平選手・・・その「投手・大谷」から高校時代に春の選抜大会にて甲子園で唯一本塁打を放ったのが天才スラッガー・元大阪桐蔭4番の田端良基さんです。

同期の藤浪晋太郎投手(24=阪神)も「飛距離・パワー・捉える力。打撃に関しては超一流だった」

・・・と同級生の天才スラッガー田端良基さんを絶賛しています

田端良基さんは高校2年生の時には後にプロ入りする1学年したの森友哉捕手・田村龍弘捕手らを抑えて全国の高校球児の中で打率1位に輝いた実力でした。翌13年には史上7校目となる大阪桐蔭の甲子園春夏連覇に大きく貢献しています。

ところがドラフト会議では同学年の大谷、藤浪らが次々に指名されていく中で田端良基さんの名前は最後まで呼ばれることがなく進学した亜細亜大学でも僅か数日で退部していて野球の表舞台から姿を消しました


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田端良基のプロフィール

生年月日:1994年生まれ

年齢:24歳

出身:和歌山県

ポジション:ファースト、外野手

投打:右投げ右打ち

身長:175㎝

体重:85㌔

高校:大阪桐蔭 卒業

2012年に藤浪晋太郎選手とともに春夏連覇した時の大阪桐蔭の4番バッター。高校卒業後は亜細亜大学、日本ウェルネス大学北九州で野球を行い引退しています。高校通算22本のホームランを記録して選抜では大谷翔平選手からホームラン。夏の大会では2試合連続ホームランを打つなど5試合で18打数7安打5打点の大活躍でした

亜細亜大学を直ぐに退部したのは

キツいから辞めたとかではなく高校卒業してプロに入る・・・という目標がなくなり、もう野球はええやと思ってしまったんです

・・・と話すように野球への未練はなくなり水道関連の仕事を半年・鉄工所の仕事を1年半こなして正社員として月収約30万円と不自由ない生活をしていました

そんな田端良基さんの野球への思い再び蘇ったのは大阪偕星学園高で甲子園出場を果たした弟・拓海の存在でした。実は、この大阪偕星学園高は、いわゆる「ヤンチャ」が集まってくる高校として有名でした。田端良基さんの弟である拓海も一旦は道を踏み外しながらも監督の熱い指導で蘇ったことで有名な選手でしたから・・・

実は弟・拓海の大阪偕星学園と田端良基さんの母校である大阪桐蔭とは夏の大阪大会準々決勝で対戦しているんですよね。大方の予想は当然、大阪桐蔭の圧勝・・・・ところが・・・

勝つと思ってなかった弟のチームが勝って・・・。僕は弟が高校に入るまで大変だったことを知っていたから、感動しました。一方で、大阪桐蔭の後輩たちが泣いていた姿を観て僕らの2年夏(大阪大会決勝で東大阪大柏原にサヨナラ負け)を思い出したんです

・・・と話す田端良基さん。一度消えた「野球への情熱」を思い起こさせてくれたのは弟である拓海君の存在だったわけです


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無名の社会人野球を経て現在は実業家            

そんな時に声をかけてきたのが日本ウェルネス大学北九州を2009年9月から(当時の名称は日本ウェルネススポーツ専門学校北九州)率いていた北村潤一監督でした。

同チームの選手構成は17歳から24歳の53人。チームに溶け込めず高校や大学の野球部を退部した選手や、経済的な事情で野球が続けられなくなった選手も多い異色のチーム。ところが一旦、野球を辞め色々な経験をした田端良基さんには、この異色なチームと相性がバッチリ

社会に出て人間的に成長できました。年上の方と一緒に働いて、最初は“うっさいおっさんやなあ”と思っていたけど、自分から心開かないとしんどくなるとか人付き合いも学びました。大きな迷惑をかけた西谷さん(浩一/大阪桐蔭高監督)や生田さん(勉/亜細亜大監督)にも“頑張れよ”と背中を押してもらい野球ができるありがたみを感じています」

・・・・と話す田端良基さんですが現在はオーダースーツの代理店の仕事をされています。全く畑違いの仕事ですが、プロ野球選手の関係者や知り合いも多く居る人脈も生かしてオリックスの吉田選手にもオーダースーツを作成するなど事業は順調そのもの・・・

事業はオーダースーツだけではなくて大阪でBarも経営しています。BARの名前は「fake」ですね

場所は大阪市中央区右衛門町6-2 ジュノン笠屋ビル3A・・・になります

藤浪投手と同期で大谷翔平からホームランを打った元大阪桐蔭4番の田端良基さんは一度野球界から姿を消しながらも弟の甲子園出場を機に復活して今は年商1億円を超える青年実業家として日々活躍されています。2日の放送で田端良基さんが何を語るのか?注目されるところです!

今日も 最後まで お読み頂きまして 有難うございました

では また 次回です!!!

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