セブン育ての親鈴木敏文追放!外資に食い荒らされセブン迷走!

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国内コンビニ最大手の「セブンイレブン」ですが、このところトラブル続きです。

時短営業を求めるオーナーとの対立の激化。

鳴り物入りで始めたスマホ決済「セブンペイ」の開始わずか2か月でのサービス終了。

また内部ではブラック企業といわれるくらい厳しい業務内容なども問題化しています。

ではなぜ最近のセブンイレブンはこのようにトラブルが発生するようになったのでしょうか。

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セブンの全てを作った男鈴木敏文とは?

セブンイレブンが日本で立ち上がったのは今から46年前の1973年です。

実はセブンイレブンは日本発祥のコンビニではありません。マクドナルドと同じで元々アメリカから渡ってきたものです。

ただし日本のセブンイレブンが取り入れたのは「セブンイレブン」という「名称」と当時の「会計システム」のみです。あとは全て日本オリジナルのサービスです。

そして日本に初めてセブンイレブンを立ち上げたのは鈴木敏文さんという人です。

当初セブンイレブンは、親会社であるイトーヨーカ堂から、派生した形で展開していきました。

ところで鈴木敏文さんですが、非常に変人で付き合いにくいことで有名な人です。

イトーヨーカ堂でも、一時期お店に立ち販売をしていましたが、愛想が悪く常に怒ったような顔をしており、お客さんがだれも寄りつかなかったといわれています。

鈴木敏文さんは客商売が下手で、人付き合いも人も非常に悪く、相手が挨拶してきても目も合わせないようなところがある人だったのです。

このように鈴木敏文さんは相当な変人でしたが、40数年間でセブンイレブンを店舗数約2万店、売り上げ10兆円以上の巨大コンビニチェーンに作り上げたのです。

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社員が全員反対することしかやらなかった!

鈴木敏文さんは非常に変人で有名な人で、常に周りが反対することしか実行しない人だったんです。

実はセブンイレブンの日本での立ち上げは、当時は周りは全て反対していました。

また今では当たり前になったコンビニATMのセブン銀行を立ち上げ時も、周囲は猛反対をしていたといわれています。

実は鈴木敏文さんは周りが猛反対するものこそやり抜こうとする変な性格の人だったのです。

ある種天才的なところがありました。

かつて鈴木敏文さんは最も警戒すべきものとしてそれは競合他社ではなく「最大の競争相手は、お客のニーズの変化である」とおっしゃっています。

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育ての親伊藤敏文セブン追放!

創業から順調に拡大していたセブンイレブンですが、大きな転換期を迎えます。

アメリカのサード・ポイントが、セブン&アイ・ホールディングスの株式を大量に取得します。

サード・ポイントというのは、アクティビスト(物言う株主)と言われるファンドのことで、この後あらゆる点でセブンイレブンに注文を付けてきます。

そしてセブンイレブンの育ての親である伊藤敏文さんが同社にいることで、自分達の主張が通りにくいことから伊藤敏文さんの追放を画策します。

ついに20164月、伊藤敏文さんはセブンイレブンから事実上追放されることになります。

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外資に引っ掻き回され セブンの迷走が始まる!

サード・ポイントは大株主ですが、彼らの目的はあくまで「保有株」をいかに高く売り抜けるかです。

そのためセブンイレブンの将来性など元々興味がないのです。

実は現在セブンイレブンで、次々不祥事が起こっている理由の一つは、このような外資による揺さぶりが原因なのです。

不祥事が起これば、メディアを通して大々的に宣伝され、株価が一時的に下がります。

すると安値に下がった株式をまた彼ら外資が安く買い叩くのです。

安値で大量に保有した後は、この度は逆に一時的に業績を上げさせ、株価を高値にして売り抜けるのです。

安く買って、高く売るを繰り返し利益を上げるという仕組みです。

そのため彼らにとっては「セブンの不祥事」は、彼らの売り上げを上げてくれる大事な「アイテム」なのです。

よってこれからもセブンイレブンの不祥事は起こるのではないでしょうか。