江刺徳男(松坂大輔ライバル)現在は建築関係の専務に!家庭の事情で野球断念

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江刺徳男(松坂大輔ライバル)現在は建築関係の専務に!家庭の事情で野球断念

2019年1月13日に「消えた天才」にて松坂大輔投手が中学時代に勝てなかった投手が出演されます

松坂大輔は昨年見事に中日で復活・・・その高校時代の活躍は言う間でもなく凄い投手でした。横浜高校時代には3年の時に春夏全国制覇。そして他の国体などの公式戦も全て勝って居て負け知らずの松坂投手でしたが、そんな松坂大輔も中学時代には及ばない投手が居た・・・と言いますから驚きですね

平成の怪物・松坂大輔でも勝てなかった投手「江刺徳男」とは?
野球を辞めた理由と現在は何をしている?

プロ野球の世界で72億を稼いでいる平成の怪物・松坂大輔投手ですが中学時代(シニア)勝てなかった人が居ます・・・
その人の名前はシニア(江戸川シニア)のチームメートである江刺徳男・・・です(年齢は松坂大輔の1つ上です)
全国大会でも11対2・・・で優勝するほどの圧倒的な投手でした(ちなみに松坂大輔は投手ではなく、この試合ではサードを守っていますから実力的にはやはり江刺さんの方が上だった・・・と言うことでしょうね)
この江刺徳男さんは初めてテレビに出演されたのでは?ないでしょうか?

正直 名前も初めて聞きましたからね。。。

ところが江刺徳男さんは中学2年で野球を辞めて居ます

江刺徳男さんが野球を辞めたのは母親がシングルマザーで家計が苦しかった為です
母親の苦労を見て江刺徳男さんは母親を助けるためにお金が掛かる野球を断念しています

その後は高校に進学せずに就職して母親を助けて居ます。この事実は当時のチームメートである松坂大輔も含めて誰も知らなかったのです

その江刺徳男さんですが自身も離婚して最愛の息子さんとは離れることに・・・

しかしながら離れた息子さんからの手紙で息子さんが野球をしていることを知ります

荒れた生活をしていた江刺徳男さんですが、この息子さんの手紙を機に人生をやり直しています

現在は建築金物工の会社で専務を務めるまでに・・・

ちなみに息子さんは今でも野球を続けています


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中学時代の松坂大輔は日本代表で世界大会へ

中学時代の松坂大輔は東京の強豪チームとして有名な江戸川南リトルシニアに所属していて日本代表で世界大会にも出場しています

この世界大会は「AA世界野球選手権大会」と呼ばれていて国際野球連盟(IBAF)が主催し開催していたもので

16歳以下の各国代表選手で競われる野球の国際大会ですが残念ながら2011年の第15回大会をもって終了しています

ちなみに松坂大輔共に選出された選手は下記のメンバーです

1995年 AA世界野球選手権 日本代表

【選手】

大塚孝一 山形リトルシニア

小板佑樹 越谷リトルシニア

沢口健士 札幌新琴似リトルシニア

中島隆史 松本リトルシニア

信長貴志 神戸中央リトルシニア

松坂大輔 江戸川南リトルシニア

松田直也 岐阜中濃リトルシニア

松永俊一郎 福岡中央リトルシニア

松本祥平 京都北リトルシニア

小山良男 中本牧リトルシニア

横川直喜 越谷リトルシニア

溝口智之 和泉北リトルシニア

小池正晃 中本牧リトルシニア

坂本徳臣 杉並リトルシニア

常盤良太 中本牧リトルシニア

三森俊貴 港東リトルシニア

関泰章 調布リトルシニア

藤本厚志 江戸川南リトルシニア

■中学時代のチームメイト■

日本ハムの小谷野栄一(創価高-創価大)らが同級生

2学年上にはヤクルトの松井光介(横浜高-亜細亜大-JR東日本)がいました

■中学時代のライバル■

松坂大輔が居た江戸川南リトルシニアは中学3年のとき優勝候補筆頭として出場した夏の日本選手権で惜しくも3回戦で中本牧シニアに敗退しています。その中本牧シニアに後に横浜高で松坂とバッテリーを組む小山良男(元・中日、亜細亜大)がいて小山良男も上記の表にあるようにAA世界野球選手権・日本代表に選出されています

横浜高校でバッテリーを組んでいた捕手は入学時が上地雄輔(現タレント)

上地の引退後の捕手が小山良男で松坂大輔は本当は帝京高校への進学が内定していたのですがシニア日本代表で知り合った小山の誘いで横浜高校へ進学していますから小山の勧誘がなければ「平成の怪物」あるいは「常勝・横浜高校」も存在しなかったかも?知れません


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練習嫌いだった中学時代の松坂大輔

「江戸川南リトルシニア」で当時の松坂大輔を指導していたのが大枝茂明監督です

大枝監督は松坂の第一印象を

小さくて小太り・・・この子が活躍するとは思わなかった。

中学1・2年で背が伸びて変わってきましたね。ピッチングに豪快さはなかったですが、非常に安定していて負けませんでした。

チームにはエースピッチャーが他にいましたが『この子は何か持っているな』と感じ始めました・・・

・・・と当時の思い出を語って居ます

松坂大輔は当時は練習嫌いで有名でした

当時の逸話として有名なのは、ある試合で松坂大輔がホームにスライディングをしてアウトになり

『キャッチャーのブロックで足首をひねった』

・・・と言って足を引きずってベンチに戻ってきたのですがチームメートは

『どうせ走りたくないから、わざとだろう』

・・・と言いながら松坂の足首を蹴っていました

ところが次の日に松坂大輔は本当に脚にギプスして練習に来ました・・・

本当に骨折していたんですよね・・・そのくらい松坂大輔のサボリ癖は有名でした

それでも当時から実力はズバ抜けていて

中学2年秋の関東大会で優勝
3年の春の大会で3位
夏の大会も優勝

・・・と、あまりにも勝ちすぎていたために大枝監督さんは松坂大輔にプレッシャーをかけて、わざと負けさせたこともあったほどの実力ではあったようです


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肩を酷使しなかった中学時代が平成の怪物を生んだ?

大枝監督は自身がケガで野球を諦めた経験から子供たちを指導する上で「無理をさせない」・・・ことを徹底しています

ましてや一番体が変化する中学生ですからね

大枝監督は・・・

大会でも、投げさせないように気を使っています。

松坂も優勝した関東大会では4試合に先発させましたが季節が秋から冬に向かい寒くなる季節には

肩や肘を大切にしてあげたい・・・という気持ちから、すべての試合4回で交代させました。

 

準決勝で『肘が痛い』と言っていたので、決勝は投げさせませんでした

・・・と当時のことを回顧しています

松坂大輔は、その後に横浜高校に進学して3年夏の甲子園準々決勝・PL学園を相手に延長17回・250球を一人で投げ切るなど抜群のスタミナも見せましたが、そのタフな一面の裏には中学時代に大枝監督と言う指導者に恵まれて肩を酷使していなかったことも影響している可能性は大きいですね

昨年は「限界」と言われながらも中日で見事に復活した松坂大輔投手

「松坂世代」と言われる選手も殆ど居なくなりましたが、それだけに同年代の選手の期待も背負って今年も頑張ってもらいたいものです

 

松坂大輔を上回る横浜高校史上最高の投手が17歳で他界!!!(58000PV)は下記から どうぞ!!!

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上地雄輔と丹波慎也・松坂大輔は横浜高校の先輩後輩!兄も元プロ野球選手

 

今日も 最後まで お読み頂きまして 有難うございました

では また 次回です!!!

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